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お熱はいきなり上がるタイプ。

土曜の夜、熱でて一気に39度台まで出て、さすがにしんどいので一日寝てた。

朝から、なんとなーくおかしかったし。

高熱でてるときに絵は描けないもんですね。

あきらかにかきこみとか筆圧が淡白になる。

それにしてもおかしいな。こういうタイプの発熱は年末年始の恒例行事なのに。今回は早かった。

 

さて、インターステラーについてちょっとふれたい。

 

以下ネタバレします。

 

 

 

 

 

 

重力ってのがキーになってくる話だったみたいですけど。

ちょっと良くわからんことがいろいろあった。

 

まず、最初に親父の演出に関しては。

娘の学校に呼ばれて、質問と関係ない応答をする親父とか

学校行く前に無人偵察機追いかけてトウモロコシ畑に車で突っ込むところとか

こいつ大丈夫か?っていう。少年のような親父なので、変わり者の娘との関係もお互いしか理解し合えない友達みたいな感じなんです。

これはラストシーンに生きてきて、こーの冒険野郎め!涙目ウインクばっちーん!ってなること請け合いです。ターズだけつれてリュック一個で飛び出していくのがまた。

 

娘は大人になって女優が変わっても、聡明で、親父を想いながら物理を探求する姿とかが少女のころの純粋さそのままで見事な演技だった。

ただ、とうもろこしを焼く必要はあったのかと。なにも兄ちゃんが特別暴力的だったとも思えんし、あそこは宇宙の親父シーンと対にするために演出を大きくしたかったんだろうけど。それとも砂だらけの農園という生活から兄ちゃんを解放してやりたかったのか。

 

親父の宇宙の冒険、一つ目の星が半端ない。

なんでもないさ研究所(ほとんど誰もわからないボケ)のプランAとBを果たすために人類が生活できる星を探しに、数年おきに親父たちのように宇宙に研究者たちが飛び立っていくのだが、木星(だったとおもう)のとこに出来たワームホールから別の宇宙空間へでていくのだった。

ワームホールは五次元にまで進んだ未来人類が用意してくれたものらしい。

いっそ親父自身があけたのかもしれない。

 

そして帰りは誰も期待してないので、とにかく向こう側でいい星を探し地球に情報を発信するしかない。

でも親父は娘との約束で帰る気まんまんだった。ので惑星探査では少しも時間をむだにしたくなかった。

一個目の星。ブラックホールが近くてなのか地球時間のこ一時間が七年に相当する。恐ろしい星。

ついてみたら、遠浅の海が続く穏やかな星で、あらいけるんじゃない?とおもっていたら、遠くに見える山の端と思っていたやつは、実は引き潮からの大津波で数分おきにエベレスト級の高波が襲ってくるとんでもない星だった。

いろいろありまして箱型ロボの活躍があったが、理論派の船員一人を失い母船に戻る親父たち。

待っていた仲間はちょっと加齢しており、23年待ってたよと、心細かったろうに。さすがに涙の再会になる。が、親父にとったら3時間ちょいの感覚で戻ったつもりだったので愕然としながら、ビデオレターを確認しにいく。たまった映像メールで息子がどんどん年取っていく。やっちまったーという後悔と知らされる地球の環境悪化、娘との約束が相当難しくなった現実になく。泣いたのは自分です。パーク親父の心境になっちゃって。パークも泣いてました。

 

実は地球の人間救うなんてのはこの時点では不可能なプランだったので、新しい星で人口爆発を行うという一択だったのだが、親父は常に息子と娘を生かす道を探る、農場の親父でしかなかったのです。

人を生かすか人類を生かすかというでかいテーマがあったのですが、ふたを開けてみれば、死んだ博士以外全員、家族単位の生きる道を探していたのだった。

 

一刻一秒を争う星探し。

なんだかんだありまして、はずれ星にいたマッドデイモン演じる頭いい博士がご乱心起して、母船が壊れ、ガルガンチュアの軌道に船がひっぱられ、やばしとなりまして、親父はガルガンチュアでスイングバイして軌道から出よう!ともはや一人のみ残った女博士に提案して、それぞれのポッドで操作するんだが、おっとこまえな箱ロボと親父はスイングバイする燃料と機体自体の重さを考えて、女博士のポッドから途中離脱する。

親父!!!

あの少年のような大丈夫?な人物がここで男みせるわけです。

感動したわけだが、同時にうまいなと。

自己犠牲という判断なんだけど。

宇宙物のお約束があるわけで。正直自分は、星探しとか燃料不足で地球に戻るとかどうでもいいよ、どうせ特異点にいったら全部チャラなんだから!はやく特異点行けよ!とうすうす感じていたんで、あーやれやれ親父一人でブラックホールいけるわーと安心してまった。

これね。今後宇宙物で大事なとこなんだよ。結局、特異点でどうにでもなる。っていう。パルプンテでさえないザオリクなんだよ。ザオリクがある限り、まあ結局は生き返るしっていう。元にも戻れるし、歳も変わらないっていう。

僕、最近、特異点にも行かないし、帰ってきもしない宇宙物の話し考えたのでいつか形にしたいなって思ってますけど。

特異点の五次元でターズに接続して、娘の部屋の本棚の裏からメッセージをあらゆる時間から発信して、五次元データベースからコロニー打ち上げのための重力理論をトントンツーで教えます。このときもターズの見事な補助!

んで、お約束の気づいたら太陽系。

すでに運行しているスペースコロニーに救助され、娘との再会。娘、おばあちゃんで静かなやり取りが少しあって、親父はまだ自分の時間を生きてた。

娘はすでに人生のほとんどを経験したので、若い父を次の場所へ送り出す。

親父、記念館(親父の農場の実家を再現)で箱ロボみつけて、修理、夜中にロボとそっと出奔。

最後ロマン。自己犠牲で助けた女博士は地球のような星でひとりで生存していた。

ラストシーンは姫を探しに行く騎士なので、親父もようやく青年に成長しているという仕掛け。なのでこの映画ははじめから女房がいなかったんだなと納得。

 

親父の青臭さが嫌だなって感じてたのですが、それは自己嫌悪の感覚にも近いものだったので逆に感情移入できたし、最後旅立っていく親父のとこまでくると、いいね!ってなりました。

いい映画というか、もちろん設定とか演出(マン博士やや微妙)も素晴らしかったけど、いろいろあったけど、メッセージは世界を作るのは己の志、宇宙はそれに応えてくれるっていう大規模なものだったような気がして映画後に号泣だった。宇宙優しいー!!!

星と星の間、個は断絶してるけど、宇宙は自分の中に。宇宙の中の自分。