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そういえば

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だいぶん前に友達にスクリーントーンまとめて渡してあったな。

もう返してもらっても使えなさそうだな。

 

 

昨晩の番組で浦沢氏がペン先が扱えるようになってやっと漫画が描けるという話をされていたが、実際そこのハードルが相当高かった。

だが気づいたら意外と扱えるようになっている自分に驚いた。IMASARA!

鳥山氏の事情は知らんけど、なぜあんなに美しいペン入れをすててデジタル一本にしてしまったのか。あれは結構寂しいんだよなあ。せめてペン入れだけはアナログに戻してくんねーかな。

 

かぐや姫は劇場で見逃したのでテレビ放映まっていた。

ロッテンマイヤー現象でわかりやすいけども、子供のころの無垢な生を汚しながら歪な社会形成をしてしまう人間の生活という悲しみ。

ところどころのシュールな表現は監督笑わせにかかっとる。シニカルな位置から。

名づけのおっさんの顔うけた。牛車の車輪にたぶるとことか、帝の顎とか。

良かれと思ってやっている竹取の翁の行動がちげえんだよ!っていう歯がゆさもわかる。

あ、つきの住人だった私!ってそこの生活に適応できない、かぐや。

喜怒哀楽感情と情に縛られた煉獄の現世に憧れてしまった姫の罪。

それによって現世におろされたことで、不自由ななかでめい一杯、命を生きられたと感じた天女の話だったわけだが、最期は無の世界に帰るということで妙に悲しい余韻だけが残る。

喜怒哀楽の煉獄全部が素晴らしいという逆説的お話でしたが、

違うんだよと。ここ最近面倒くさい僕は、その喜怒哀楽の煉獄と対比された苦しみの無い極楽浄土さえ人間の了見に納まった考え方でしかないんじゃねえのかい。と。

喜怒哀楽、嬉しかったことも後悔も全部素晴らしい生だったと、そこいらでとどめたくはねえわけですよ。

もう一皮剥けてもいいんじゃねえかと。なにかうっすら見えたものがありまして号泣。

オリオン座のなかにある星団を肉眼で見つけて思ったんだが、私(ユーたち)が認識する世界は逆説的にいうと私の存在証明をするため存在しているのだとも言える。大から小、認識したすべてのものがのべつ幕無し私を自動的に証明するものになってしまうのだ。

つまり宇宙全体認知できるすべてのものは私の存在のためにある。俺=全宇宙

宇宙全部俺のもの。ユーの宇宙もだ!!

そんくらいおこがましいこと思ってていいと思うんだ。そしたら偏りの無い私という世界の新円のど中心に立てるんじゃないかな~。これは中道とは少し違う。