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錯覚する。

 いつから心なんてものがあると錯覚していた?

 だから間違っても自分探しの旅なんていったりはしないよ。


山田玲司のヤングサンデー第51回 『自分探しの旅の功罪〜ヤンサン深夜特急スペシャル!!』

 この回のおっくんのいうことすごいわかる。

 自分を失くしたいから旅にでる。そしたらいいようのない淋しさというか悲しさに襲われる。青森なんて行ったら死にたくなるぜ?!でもまた行きたくなる不思議。

 おっくんがいうには人間が今を感じることができるのは8秒なんだそうだけど。どこじょうほうかはわからん。

 今がすぐに過去になる。過去の蓄積が自分と思っているものの形になるんじゃないかな。

 何か起きるたび過去にあった近いことと重ねて、このパターンかと反射的に分類する。そうやって出来事を相対化して安心とか対応を決めてるんだと思うのだが、

 最近なぜか頻繁に京極夏彦のことを思い出すんだ。

 すこしまえに漫画太郎の似顔絵みたせいか。あれはひでえ。似てるとこを悪意で煮詰めて結晶化したあの似顔絵。また微妙に似てんだよな。

 京極堂シリーズで、「心なんてない、そう思えているものは、ただの反射反応だ」という中善寺のセリフがあったような気がするんだけど。(あと、愛なんてものもない。夫婦愛なんてものもないみたいな作中になかったかもしれない。ひでえこというな~って思ってたけど、釈迦とおんなじこと言ってたんだな~と今は納得)

 人間は過去にあったパターンにはめて喜怒哀楽(生命を維持するうえで危険かそうでないかの判断を過剰に増幅している)がでている。

 もしかしたら出来事に対して、善い行いをしたのに自分にかかわりのない要因が多分に関与していて、悪い反応が返ってきたとき、人間(とくに因果関係を客観視できない子供とか精神状態だと)は善い行いにネガティブな感情を結びつけてしまう恐れがある。

 いわゆる認知のゆがみ。

 喜怒哀楽が過去の認知に縛られていて、それが己の及び知らぬ要因でネガティブなほうばかりに振られていたとしたら?

 同じ出来事に対して他人より不幸だと思う割合が高いのだとしたらそれこそ本当の不幸だろう。物事の良しあしなぞ、あらゆる主観が作ったモノガタリであることが分かりますね。良し悪しは相対の概念でしかなく、世界のあらゆることにほんとは良しも悪いもない。幸も不幸もほんとは初めからない!ということです。おめでとう!!そして残念!!あなたはなんでも好きにすればいいのでした~。

 ああ~なんにもね~俺はこれからどうすればいいのだろ~自由すぎて怖え~。

 この感覚が、目的がなくなって旅行が旅になったときに似てる。あの黄昏感。虚無感。ひもの切れた凧みたいな。俺、戻れんのかな。っていう。そのときうっすら彼岸を感じるだろ。

 今朝ワイドなショーでみた、過去に自殺願望四人に一人の結果か?と。まっちゃんの「もういいかな~」って感覚は、楽しかった旅行が終わって目的がない旅になったときの感覚に近いんじゃないかな。ほんとはみんな体の内に彼岸をもってんだよ。

 だから時々くだらないことを全力でやらなければならなくなる。それもくだらなければくだらないほどいいんだ。